大学の研究室に所属する理系学生なら博士課程進学(D進)という単語を聞いたことがあるだろう。もしかしたらD進を迷っている人もいるかもしれない。そんな人のために私がなぜD進を選択したかをお伝えしたい。
結論:なぜD進したか
端的に言うと、「企業で研究職に就いてお金をいっぱい稼ぎたい」という立派で浅ましい理由。
以降も打算的な話ばかりで不快になられる方もおられるかもしれない。気を悪くされたら申し訳ない。
D進を決めるまでの流れ
実際の時系列順に述べていく。
上記リストから各項目にジャンプできる。
・どんな仕事に就きたいかを考えた
私は元々D進を考えていなかった。修士卒で就職しようとM1の春から就活を始め、人並みに取り組んだ。業界研究では理系学生の主な就職先であるメーカーやインフラだけでなく、金融や商社、IT企業にも目を通したが、それら企業の主な職種である営業や事務といった、いわゆる文系職には興味が湧かなかった。結局は研究が性に合っているし、給与面も悪くないので研究で飯を食っていきたいと考えるに至り、メーカーの研究職を重点的に見ることにした。働くにあたって給与はできるだけ多い方がうれしいので、大手メーカーの研究職を中心に見た。
・メーカー研究職についての情報を集めた
私は工学・化学系の研究室に所属していたので、卒業生の進路なども参考に化学、自動車、食品、機械、半導体メーカーなどについて調べ、説明会等のイベントに参加した。いろいろ見た結果、事業内容に最も興味があった化学メーカーに絞り、インターンに応募して社員さんや他の就活生から話を聞き出した。
ここである事実に行き着く。研究職で偉くなるには博士号が必要らしい。M1の就活でお話しする企業の人事部の社員さん達は博士を優遇すると明言してくれない場合もあるが、技術職の社員さんに博士号取得者について聞いてみると、上司(課長、部長クラス)は持っている人が多く、昇進に必要なので社会人博士で取得したという方もいた。研究職で昇進して年収UPを狙うには博士号がほぼ必須であるといっても差し支えないような状況を目の当たりにした。
これは体感の話だけでなく、実際に統計結果にも表れている。次のリンクは独立行政法人経済産業研究所(RIETI)のサイトにある記事の一つだが、賃金プレミアムという指標で博士卒の給与が学士・修士卒と比較しどれだけ高いかが示されている(https://www.rieti.go.jp/jp/columns/a01_0733.html)。他にもデータは転がっていると思うので、いろいろ調べてみてほしい。
ちなみに教授からは「博士号取ってから会社行った方がいいぞ」と耳にたこができるくらい言われていたが、これはラボ内の博士学生を増やして研究費取らせようとかこき使おうとか考えているのだと思って話半分に聞いていた。どうやら嘘ではなかったようだ。疑ってすみません。
・D進が可能な状況・環境であるか確認した
D進を考えた際に、博士の生活について調べてみたところ、結構な割合で失踪したり中退したり、病んでしまったりとマイナスな情報がかなり目についた。正直かなり不安なレベル。そこで、自分がD進する未来を脳内シミュレーションした。
まずお金の問題。博士課程の3年間は学費を出さなければいけない。残念ながら自分の貯金では到底出せないので調達方法を調べると、奨学金、授業料免除、卓越大学院プログラム、大学フェローシップ制度、学振特別研究員などがあった。頑張ればなんとかなるかもしれないが、万一の場合を考え両親にも相談した。両親は「学費くらいなら出してあげるよ(卒業後は期待してるで)」と快諾してくれたので、これがD進決断の後押しとなった。
次に現在のラボの教員と上手くやっていけるかどうか。博士学生が病んでしまう原因の多くはこれにかかっている。幸いこのときのラボの教授はなぜか私には親切だったので、これは問題なさそうだと考えた。准教授は誰にでも優しいし、助教は私と同じタイミングでラボに加入したこともあって特別仲良くさせていただいていたので、万一教授にボコボコにされても慰めてくれそうだと考えた。
そして、研究で上手くいかずに病んでしまう可能性。これについては私はあまり心配要らなかった。体育会系出身ということもあり、我慢強さには少し自信があった。スマブラでいわゆる弱キャラを気に入って、オンライン対戦の逆VIPに落ちてからVIPの上の方(魔境とかいわれている)に這い上がるまでずっと(1年以上)そのキャラクターだけ使っていたといえば、そのメンタルの異常さがわかると思う。また、博士課程の卒業要件には国際誌への複数の論文投稿が必須である場合がほとんどだと思うが、これは教授が私に配慮してくれていたのか、昔手伝わせてもらったテーマが論文化できそうということで、クリアできそうであった。これに加えて当時進めていたテーマで論文が書ければ良い、というのは一気にハードルが下がり(いいのか?)、安心材料の一つとなった。
最後に、友人など別コミュニティとの関係性。博士学生は孤独に苛まれて病むパターンも多いらしい。私のラボの博士学生は留学生が上に一人いるのみで、私の同期は是が非でも就職してラボから脱獄する勢いだったので、ラボ内ではぼっち確定演出であった。一方ラボ外に関しては、地元の大学に進学したので家族はもちろん幼い頃からの友人とはすぐに会えたし、研究室同期や大学の友人のうち何人かは地元の企業に就職していたので、意外と心配なさそうだった。何より、研究室は違うものの同じ学部の友人がD進することを決めていたので、これがかなり大きかった。
総合して、博士生活は金銭面でも研究面でもメンタル面でもなんとかなりそうだと判断した。
・D進の決断
一方で就活はM1の3月まで続けており、ある企業にご縁があって本選考がいいところまで進んでいたのだが、私の中では「お金をいっぱいもらいたいので博士号は必須」という考えで固まっていた。課程博士で取るか、社会人博士で取るかを考えたとき、会社に行きながら大学にも行くのはリスクが大きすぎる(体力的な問題、金銭的な問題、家庭の問題などなど…)という結論にいたって、選考でD進する旨を伝え、落としていただいた。こうして課程博士の道を歩むことになったのである。
・D進後
特に大きな問題も無く(教授に怒られたりとかはこれまで通りあったが)、博士生活を満喫できた。就職先も決まり(M1の時に落とされた企業に再度アタックして採ってもらえた。給与は結構良い)、論文投稿のほうも心配なさそうである。正直環境にかなり恵まれたと思う。ラボに博士の育成環境があるか+付き合ってくれる家族や友人がいるか、という点で全く心配要らなかったので、研究にも研究以外のことにも没頭できる日々を経験できた。私はD進を全く後悔していない。
まとめ・補足
私はM1の就活の結果得られた「研究職でいっぱい稼ぎたい」という就活の軸と、「研究職でいっぱい稼ぐには博士号がほぼ必須」という事実に基づいてD進した。博士生活は環境に恵まれ、D2の就活では志望する企業に内定をもらえた。
運が良かったといえばそれまでであるが、それでもチャンスを逃さずしっかり活かせたことが良かったと感じる。支えてくれた周囲の人たちには感謝しかない。
最後に。これはあくまで私の体験談であり、誰にでも当てはまることではない。自分にとってD進がどんな意味を持つか、D進したらどのような未来が想定されるかをよく考えてほしい。ラボの教授と反りが合わないなら別のラボへ行くこともできるし、社会人博士の中には提携しているラボへ出向という形で比較的低負担で博士号を取りに行ける(会社に命じられて大学で研究するので、社会人の身分で学生達と同じように研究できる)ケースもある。研究が好きで仕方ない、大学教員になって一生研究に没頭したいというならD進を迷う必要も無い。それぞれにとってのベストな選択ができることを切に願っている。